澁川神社

神社 御祭神 ・ ご由緒
       
                                                         
     澁川神社は、延喜年間(西暦929年)に式内社となり、山田郡の総社として始まりました。
     古きは古事記・日本書紀にも登場する「高皇産霊神」を御祭神とする由緒ある神社です。

                                                                     
     
 
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                         澁川神社の神々と御由緒 


     Ⅰ.澁川神社 御 由 緒

        当社は、壱千九百年前景行天皇の御代に現在地の南凡そ5百米の蘇父河(そぶかわ後に澁川)の
        地で、地元民勧進により、高皇産霊大神(たかみむすびのおおかみ)が、創祀されたことに由来
        すると云い伝えられます。

        その後、天武(白鳳)五年(西暦676年)天武天皇即位に伴う大嘗祭で、この地域に新穂を収
        穫する悠紀斎田が定められたのを機に、現在地に遷座し、同時に大年神(おおとしがみ)など、
        七神が七神が合祀されました。

        また、延喜年間(西暦929年)には式内社に撰進され「山田郡の総鎮守」として、朝廷からの
        幣帛も授かる存在となり、約四百五十年前武将織田信長が本殿を改修、貞享五年(
西暦1688年
     には、尾張藩主徳川光友により、本殿が改築されるなど、史上の著名人にも崇敬された由緒ある
     神社です。

     平成十四年社殿を焼失し、平成二十年に本殿と祭文殿と拝殿が一直線に並ぶ尾張造りの社殿が、
     再建され、現在に至っています。他に境内には東五社ノ宮、西五社ノ宮、新明社、熊野社、八幡
     社、忌明社、山神社が、末社として祀られ、明治・大正期には近郷集落より、八剣社、稲荷社、
     津島社も遷座されました。


   Ⅱ.御 祭 神(高皇産霊神=たかみむすびのかみ)

    □ 高皇産霊神(たかみむすびのかみ)    : 万物の創造を司る神
      高皇産霊神とは、どんな神様(古くは古事記・日本書紀に登場する神)こちらから

    □ 高皇産霊神 三つの御神徳
       ・「万物生成」
       ・「人間関係を調整する」
       ・「交渉事を成就させる」などの尊い御神徳があります

         
   Ⅲ.七神合祀

     ・大年神(おおとしがみ)         : 豊作の守り神
     ・御食津神(みけつかみ)         : 食物を司るかみ
     ・庭高日神(にはつひかみ)        : 庭を照らす日の意、屋敷の神
     ・阿須波神(はすはのかみ)        : 足元を守る神
     ・波比伎神(はひきのかみ)        : 屋敷の内外を守護するという神
     ・大宮売神(おおみやめのかみ)      : 織物と酒造を司る神
     ・八重事代主神(やえことしろぬしのかみ) : 宣託の神

   
   Ⅳ.総 社(境内社)

     ・神明社、 ・八剣社、 ・熊野社、 ・八幡社
     ・忌明社、 ・山神社、 ・津島社  ・渋川稲荷 
 




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