杜の響き  
      
            「杜の響き」
メッセージ 第49章
         
                

                

     万年金欠な小生は、四季の移ろいは視覚に恵まれている人々が無償で得られる豊潤な
    世界と認識しています。
     豪雨災害、記録的な猛暑に見舞われた季節も終え、何時しか涼風を感ずる秋となりま
    した。神社では、多くの祭礼で賑わいを呈しています。

     農耕民族のわが国では、地理的条件を土壌に生活に季節感が浸透して自然の恵みに感
    謝する思想が古より根強くあります。勤労感謝と名付けられた祝日の元である新嘗祭、
    大嘗祭はその代表例と言えます。
     幣神社は当地が天武天皇(673年即位)悠紀斎田に選定された折、遷宮と神々の合祀
    がされたと伝えれており、この祝日を縁に覚え、当時を偲んでみました。

     七世紀頃に編纂された万葉集の巻十秋の雑歌で「春は萌え 夏は緑に 紅の綵色
    (まだら)に見ゆる秋の山かも」と錦繡の山々に人々が心を寄せる光景を詠じる一方
    「秋山を ゆめ人懸くな 忘れにし そのもみち葉の 思ゆらくに」と過ぎしことを
    口にするなと諭しています。
     前首は四季の移ろいの中で、秋を称え、後首は、秋を称えつつ、喜怒哀楽を超越した
    人生訓を教示していると理解しています。

     偶然目に触れた万葉の二首に、夫々現世と同じく秋を過ごし易い季節と捉え、自然界
    を崇拝する想いが込められています。神社創建時代美しい島国を背景にして日本人が抱
    いた固有の心情を読み取ることが出来ます。
     社会経済基盤が未整備な時代の人々は、天体を眺めつつ自然環境への適応手段を模索
    して、より良い生活環境の形成に智慧と労力を費やしたことでしょう。
     人智の及ばぬ事象には神憑り的な力を期待し、やがて願望の祈りと謝恩の行事が派生
    したかと思います。

     現世でも車で郊外に出れば短時間で悠久より変わらぬ実りの田園風景と紅葉の進む山
    々が容易に視野に入ります。日本人の心「足るを知る者は富む」を育む環境は随所に存
    在します。何時の世にも変わらぬ神より授かった自然との共生を基本理念に科学の躍進
    を願っています。
 

                  平成30年11月 1日 記
                   「杜の響き」 千雅翁 


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