「杜の響き」メッセージ 第34章
伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)参詣の旅 おのころ島(淡路島)を訪ねて この度、神社関係者とともに淡路島を訪れ、日本書紀に 「是以構幽宮於淡路之州」と 記述された縁の伊弉諾神宮を参詣する機会を得ました。天照大神の両親とされる伊弉 諾大神・伊弉冉大神を祀った日本最古の神社として伝承されています。 一万五千坪に及ぶ広大な境内では、鳥居を始め先の震災での損傷個所も略修復され ており、由緒ある数々の祠を参拝させて頂きました。本殿に連なる拝殿には舞殿もあり 一同の参拝時には巫女舞もあり厳かな神事でした。 本殿は檜皮葺きの重厚な佇まいで、明治15年移築工事の折、伊弉諾尊大神の幽宮跡 として、永く禁足お聖地扱いされた御陵で礎石も確認され、日本最古の神社が創始され たことの証とされています。 拝殿脇には、樹齢約九百年、樹高30米余の連理の楠があり 二本の楠が成長するに連れ合体したもので、伊弉諾・伊弉冉の神霊が宿る御神木として 縁結び、夫婦円満の信仰で崇めています。 日本神話の原点である記紀が編纂された当時の淡路島の位置づけを想定すると、農 漁業ともにかなりの実績をあげ朝廷に対し、影響を及ぼしていたと、察せられます。 一方島の住民は、生産性豊かな風土に加え、周囲の海は潮の干満で繰り返す躍動的 な渦潮を発祥する環境にあり、堅牢強固なこの島に神憑り的な存在感を覚えて、国生み の原点を見出したことでしょう。 伊弉諾尊、伊弉冉尊が青海原を掻き回した矛の先から垂れた雫が凝固して「おのころ 島」が出来、二人の大神は、この島に降り立ち、夫婦の契りを結んで大八州の日本列島を 誕生させた筋書きになっていますが、これに類した民話は既に存在していたと思われま す。 おのころ島を中心に周辺の島々を引寄せ大和国を創生した神話の背景には、自然界 を俯瞰する感覚と同神社が、伊勢神宮の日照時間と同じくする緯度(北緯34°27′)に 祀られている事からも太陽を中心とした宇宙的発想が、見事に調和した幽玄の世界が推 測されます。 現代では、科学の進歩で日本列島は大陸から分離・融合して現在に至り、然もこの地殻 変動は、今なお継続していると言われますが、今後とも神道で古人より継承されている自 然界を対象とした八百万の神に対する謝恩を念頭にした思想と未知への挑戦を怠らない 科学は併存することでしょう。 おのころ島、高天原、天岩戸等全国各地に神話に基づく伝説が多々存在しますが、何 れも特定する事無く尊重したく思います。 平成29年 9月 8日 千雅翁 筆 杜の響きへ続く 神社INDEX |