澁川神社

  
   神社境内 

        

                 

     澁川神社は壱千九百年前、景行天皇の御代に現在地の南凡そ五百米の蘇父河(そぶかわ、後に渋川)の地で
     地元民の勧進により、高皇産霊神(たかむすびのかみ)が、創祀されたことに由来すると云い伝えられています



澁川神社 境内散策
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境内西側に忌明社  社殿西側 祭文殿・拝殿 澁川神社拝殿正面     社殿東側 祭文殿・拝殿   忌明社にて修祓の儀
八幡社と熊野社       神明社と八剣社        山神社         津島社   境内東の森に澁川稲荷社
          
旧本殿跡 天武天皇悠紀斎田跡記念碑 手水舎 手水舎で手を清めます
      
桜の季節 境内 神社正面には大鳥居  大鳥居で一礼する伶人たち 正面左は新鳥居、右は旧鳥居  紅葉の季節 境内
        
参拝者を迎える氏子総代 社務所から拝殿を見て 巫女が居て華やぐ社務所




大鳥居近くに設置されている境内案内板

       <神社のシンボル鳥居(とりい)について>

 神社などにおいて神域と人間が住む俗界を区画するもの(結界)であり、神域への入口を示すもの。
 一種の「門」とされていて、鳥居を立てる風習は神社の建物がつくられるようになる前から、存在
 していました。古来日本では、屋根のない門という意味で「於上不葺御門(うえふかずのみかど)」
 とも云われております。
 鳥居は一般的には神社を象徴するものとして捉えられていますが、仏教寺院にも見られる事があり
 ます。 一方で鳥居を持たず、楼門(随神門)をもつ神社も存在しているのです。
 戦後の区画整理により、境内が縮小されたり移転した為、現在の神社境内とは、かけ離れた場所に
 孤立している鳥居もしばしば見かけられます。例えば、御陵に建てられている事もあるのです。
 図案(意匠)としては、神職であった氏族や家(いえ)が家紋として用いることがある他、現在の
 地図記号では神社を意味します。 
 また、俗用に小便無用、不法投棄のごみ除け等に利用される事があり、俗信においては鳥居の上に
 石を投げて乗せると願いが叶うと言われてきています。一般にひとつの参道に複数の鳥居が、ある
 場合は、一番外側から「一の鳥居、二の鳥居…」と呼び、また、神社の前に形成された町のことを
 「鳥居前町(とりいまえまち)」と呼ぶことがあります。
 伏見稲荷大社の千本鳥居稲荷神社などの鳥居が、朱色であるのは、古来その色が生命の躍動を表
 し災いを防ぐとして、神殿などに多く使われた為でこれが、鳥居にも影響しているとされています。

 

                                   
 
 

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