第9回 直曾神社 風土と歴史
             
平成30年 1月 1日 掲載 
            
   
                  

       平成29年12月3日に執り行われた、直曾神社秋例祭では、打ち囃子奉納、芸能奉納
       (ざい踊り・長唄・舞踊)、棒の手奉納が行われ、多くの皆様の参拝を戴き無事終了し
       ました。

       昔は、3月、12月の7日と決まっていて、平日であれば、渋川小学校では、午前中で
       終わり子供達は朝から「わくわく」していました。
       この日は「やまのこ:山の子or幸?」といい、各家庭では、五目飯をはじめ、御馳走が
       並ぶ日で、我が家ではゴボウではなくニンジンをを沢山入れた赤くて甘い五目飯でした。
       勝手な推測ですが、祖先の「産の神」である山の神を春に迎える日と山へ送る日が、直
       会神社の祭禮と結びついて、祭日が決まったのではないでしょうか。
 
       ちょうど春には、春一番の南風が冬は木枯(伊吹おろし)の北西風が最初に吹くことが
       多く、山の神の移動を想像するに相応しいと思います。
       社殿をを取り巻くように植木屋さんが植木を並べ、沿道にはアメ屋さんを始め、多くの
       露店が並びました。 いつの頃からか、人出が減り露店もなくなり、淋しい思いをして
       いた人も多くあったと思われます。

       平成20年の澁川神社の再建から程無く、平成22年に直曾神社も大規模な改修が行わ
       れ、地元の人達の協力により、つき餅、豚汁、綿菓子の接待もあり、少しずつ昔の賑わ
       いが戻りつつあります。

       直曾神社の御祭神は伊弉諾尊(イザナキノミコト)が、禊祓いをされた時に、生坐した祓
       戸の神々の内、「神直日神(かみなほひのかみ)、大直日神(おほなほひのかみ)の二
       柱で、殊に吹き出物、腫物、がん病に効験あらたかです。今では、日本人の二人に一人
       が、癌(がん)になると言われる程です。
       平成29年、春3月の例大祭で、社前で「がん封じ」祈願を行ったところ好評でした。
       春に続き、平成29年12月秋にも、多くの皆様に祈願をして戴きました。

       最後に、直曾神社の名の由来は、676年に天武天皇の大嘗祭に、この地域が新穂献上
       の悠紀斎田と定められ、無事にこの大役を終えたことを祝って、直会(祭りの後、神へ
       のお供えを戴いて、皆で飲食すること)をした場所にあった祠を直曾神社としたのが、
       始まりです。
                         結び

 

     
                      平成30年 1月 1日
                             澁川神社 権禰宜 記 




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