第16回 渋川小学校 校歌について

    
          渋川小学校は尾張旭市内では旭小学校と共に、明治六年に創立で市内では最も
         古い小学校です。昭和十年以降に市内で初めての校歌が作られたようです(作者
         不明)。その三番の歌詞は「天武の御代の悠紀の田の ゆかりかしこき学び舎に
         祖先のほこりいかすべき われらの血潮たぎるなり」で、天武天皇の悠紀斎田の
         古事が入っています。

          新学制実施後昭和三十三年に万葉集の研究者である松田好夫氏の作詞、後に文
         化功労者となった信時潔氏の作曲によって新しい校歌が作られました。その一番
         の歌詞は「渋川の森かげ深く はるかにしのぶ飛鳥の世 ほまれを伝え新しい
         時代に生かす おお われら」です。渋川の森とは渋川神社の社林をさし、飛鳥
         の世とは悠紀斎田の頃のことです。

          神社の森は昭和三十四年の伊勢湾台風によってたくさんのスギやヒノキの大木
         が倒れるまでは暗くて深い森でした。74歳になる兄の話では小学生の時に太い
         藤蔓でターザンごっこをしたり、木に登ったら大きなアベマキの樹液が出ている
         2メートルほどのところに登って待っていると翅音がしてカブト虫が飛んできま
         す。捕まえて帽子の中に入れて被れば即席の虫入れとなり両手が使えます。2~
         3匹も捕まえれば満足して帰ったものでした。今も神社で目立つのはアベマキで
         す。新しい木の鳥居の両側に夫婦の様に立つ幹周りが2m弱高さが12m程の2
         本です。主祭神で結びの神様である高皇産霊神にちなんで夫婦アベマキと呼びた
         いと考えています(夫婦岩の様に木と木を注連縄でつなげば完全な夫婦アベマキ
         です)。鳥居から見て右にあるほうが少し背が高く秋に葉が色づくのも落葉する
         のも1週間ほど遅いです。落葉に先立ち大きなドングリをたくさん落とし保育園
         や小学校の子供たちの楽しみになっています。一番大きなアベマキは稲荷社の東
         側にあります。本殿の裏にも何本かあり、大小のドングリがたくさん拾えます。
         また、落ち葉の量も半端なく、大量のごみとして出しているのはもったいなく思
         っています。希望の人がいれば貰っていただき良質の腐葉土にして使ってもらえ
         たらと思っています。


         
                      平成31年 3月10日
                       澁川神社 権禰宜 記 


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