第14回 澁川神社の神様 その1


           景行天皇の時代に現在地より約500m南西の地に創建されたと伝わりますが
       詳しい事は定かではありません。記録としては日本書紀天武天皇五年九条に天武
       天皇5年(676年)に大嘗祭のため神饌となる稲をつくる国郡をト定し悠紀斉
       田がこの地、尾張国山田郡(16世紀中頃に愛知郡と東春日井郡に分れる)に決
       定したとあります。
        古代大嘗祭では京と悠紀(東国)主基(西国)の2国の斉場院において八神殿
       と称される仮設の建物が設けられます。 ここに大膳職による神饌準備のために
       「御膳八神」と総称される八神が祭祀されました。
       大嘗祭が終わり役目が終わった斉場院を焼却するのは惜しいという村人の願いが
      通り、この地の豊作を祷るためにこの八神が祀られることになりました。この八神
      が現在当神社の主祭神である高御産巣日神(タカムスビノカミ)と合祀されている
      
七神です。八神のうち前半の四神は皇室の宮中三殿の八神殿に祀られている神です。
      高御産巣日神は天照大神とともに皇室の祖神として最高神です。創造を神格化した
      神で男女の結びを象徴する神です。御食津神は食物を司る神です。大宮売神は神と
      人とを取り持つ神です。八重事代は言葉を司る宣託の神です。大年神は正月に各家
      庭を訪れる五穀豊饌の神です。庭高日神、阿須波神、波比伎神は稲作の神で農地、
      庭、屋敷、家庭の守り神です。

                
                            平成30年 9月24日
                           澁川神社 権禰宜 記 




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