澁 川 神 社 
 御祭神:高皇産霊神  しぶかわじんじゃ 
 
  
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              権禰宜の神社便り

       平成29年3月より、新しく始まった権禰宜のお話コ-ナ-です。 時に触れ、神社に
       纏わるお話などを綴って、皆さんにお届けします。
       お読み戴いて、より一層親しみを抱いて神社へと、足をお運び戴ければと思っています。
       権禰宜は社務所・境内にて詰めております。 お声を掛けて戴ければ、幸いです。
 
                                平成29年 9月 17日
現在
         掲載履歴

       第六回 七五三参りの時期を迎えて          平成29年 9月17日 掲載
       第五回 過行く我が夏の想い出             平成29年 8月13日 掲載
       第四回 夏の祭事 大鍬祭のお話し            平成29年 7月12日 掲載
       第三回 神茅の輪くぐりと夏越の大祓(形代流し神事) 平成29年 6月 6日 掲載
       第二回 神秘な「黒石」のお話し           平成29年 4月27日 掲載
       第一回 連理木と縁結びのお話し           平成29年 3月20日 掲載


 



  
                                 
        禰宜語録-6
 
          第六回 考察:七五三参り
              
平成29年09月17日掲載
 
              七五三参りの時期を迎えて


 
      9月も白露を過ぎて、朝晩は過ごし易くなって、毎日のように七五三参りのお話が届くようになって
     来ました。 古来、男女三歳になると神置の祝いと称して、白髪の鬘(カツラ)を頭にかぶせ、白髪に
     なるぐらいまでと、子供の長寿と幸せを願いました。
 
      男児は五歳になると、袴着(はかまぎ)として、碁盤の上で吉方に向け立たせ袴を着けさせ、女児
     は七歳になると、帯解(おびどき)として、帯の代用にしていた付け紐を取り去り、衣服の脇をふさい
     で、初めて帯を締めさせる習わしがありました。 神社に詣でて、子の長寿と幸を祝いました。
     それらは、必ずしも七五三と年齢を限らなかったようです。

      参拝日も正月の吉日や誕生日等に行われていたものが、江戸時代の初め頃から、十一月十五日
     が選ばれるようになりました。 暦を見ると十一月十五日は氏子祭・七五三と記されています。
     お手元の暦で、一度お読み下さい。
 
  
    霜月十五日は、陰陽道が説く、年中最上吉日の一つに当たることと、霜月は秋の稔りを感謝して
     田の神を山に、お送りする為の祭りが、家ごとに行われ、その神こそ 家々の御先祖の神で、出産に
     際して母と子とを守護されると信じられる産(うぶ)の神であり、子の成長の重要な時にあたって、こ
     の神に御加護を祈願することは当然なことでした。 澁川神社にも、澁川稲荷入口右側、連理木の
     北側に、山神社として、お祀りしていますので、是非お参り下さい。

      「七つ前は神の子」と言って、七五三になって初めて氏子入りの神詣でをしたとも言われています。
     両親、家族の中で愛情に恵まれて育った子は安心して外の世界へと出ていけます。(いつまで
     も安心して戻れる場所があるから)。 氏子として認められ、社会への第一歩を始めることになります。
     同時に親離れの一歩でもあります。

      神社としても、子供達の長寿と幸せを願い、門出を祝う気持ちを共有して行きたいと、思ってい
     ます。今年も例年通り、混雑致します。お早目にご準備を戴きますように。
 

                                平成29年 9月17日
                                 澁川神社
権禰宜 記
 




  
                                 
        禰宜語録-5
 
          第五回 過行く我が夏の想い出
               
平成29年08月13日掲載
 
    
         
境内の杜にひとり佇みて暫し夏を思う


      日々、神官として神に仕える中、時には境内に立ち、杜に足を運び静かに立ち尽くすことが
     あります。鳥の囀り、セミの声、時には涼しく優しい風が、通り過ぎて行くのが、良くわかる
     のです。これが、心の癒しとなり、心静かに神に向かうことが叶うのです。

      そんな時、ふと木々で鳴くセミの声が耳に入ってきます。立ち竦んだまま、静かに目を閉じ
     ると、懐かしい子供の頃が思い出されます。とても懐かしく思うのです。次に自身の日記から
     その一編を恥ずかしながら、ご紹介しましょう。 以下、我が日記より。
 
      夏は朝からセミの合唱団が賑やかに活躍します。時には騒がしく煩く感じるのです。 7月に
     なると先ず、ニイニイセミが チチチ-、ニーニーニー、チチチと鳴き始めます。 尾張旭市内
     でも、都市化が進んだ為か、昔と比べて数が減ったようですが、ここ澁川神社では、沢山聴く
     ことが出来ます。樹木が多く湿り気のある土が豊富にあるからでしょう。全身泥だらけの抜け
     殻も他のセミと違って、とてもユニ-クです。 皆さんもご存知かも知れませんね。
 
      最近では、クマゼミの大音響が早朝から天まで届きそうに ジュジュ、シャーシャーシャ-
     シャシャシャと聞こえます。大きな体と透き通る翅(つばさ)は子供の頃の憧れの的でしたが
     高い所にいることが多く、捕らえ憎いセミでした。昔より随分増えた様です。午後から夜中迄
     ジ-、ジージージー ジー、ギギギ-と鳴き続けているのが、アブラゼミです。 夜でも明るい
     現代では、真夜中でも休み知らずで、鳴き続け、人は煩く感じることでしょう。

      私達人間も昔は日の出と伴に起き、日の入りと伴に寝ることが、自然でしたが、現代では夜
     に働かなくてはいけない人が増え、その人達には自律神経の乱れや、がん病が増えていると言
     います。アブラゼミも昔に比べ、たたでさえ短い成虫期の命を更に締めているのかも知れませ
     ん。
 
      現代は人が本来持っている自然の摂理に反して生きなくてはいけない、生き辛い時代と言え
     ます。知らず知らずの内に溜まった疲れやストレスは神道で言う穢れの一つです。疲れた体と
     心を癒す為にも神社にお参りください。そして、少しでも長く境内に止まり、いっぱい、清々
     しい空気を吸い、虫や鳥の声、風の音に耳を傾け木や草の小さな花に気付いてみてください。
     五感を研ぎ澄すことで、自然の一員であることを自覚し、自然の儘に生きる力を取り戻せば、
     自然と心や体が癒され、元気が湧いて来る筈です。
      8月も中頃になれば、ジュジュ、ツクツクオ-シ、ツクリュ-シジ-と鳴く、ツクツクボウ
     シの登場です。暑い暑い夏も名残惜しくなってきます。


                               平成29年8月13日
                                 澁川神社 権禰宜 記


  



  
                                 
        禰宜語録-4
 
      第四回 大鍬祭(昔と今と時の流れに残る祭事)
                     
平成29年07月12日掲載 
    
            澁川神社 大鍬祭(おおくわさい)


     梅雨明けの頃の7月19日(毎年)に行われるのが大鍬祭です。
     以下、道中行脚の掛け声です。
      「豊年や豊年や大鍬様がご~ざった、二束三束で五斗八升、あとはおかかの松葉料」

 
    ※ 掛け声の訳  
     豊年、豊年、大鍬祭様が、いらっしゃった。苗二束三把から、米が五斗八升(104.4リットル)
     収穫が出来る。それ以上なら、残りは妻のへそくりになる)と言う掛け声と大太鼓をドンドン
     と打ち鳴らして、宮司を先頭にした行列が進んで行きます。
 
     50年以上前は、澁川神社の南側から、矢田川にかけては水田が広がり、秋には黄金色に染ま
     りました。古代より米作りが私達の生活を支え、人々の関心もそこにあったからこそ豊かな稔
     をもたらす神として、高皇産霊神=タカムスビの神が祀られたのでしょう。

     米作りは自然条件に大きく左右されます。
     【水不足(近くの丘陵に雨乞いの神である高龗社があります)台風、冷害など、他にイモチ病
     や縞枯れ病などの病気や、葉を食害するイナゴ、汁を吸うウンカなどの害虫等です】
     溜池をつくり、堤防を築き、その近くに神社が置かれたのでしょう。
     大きな声や太鼓の音で害虫を追い払い、お祓いによって病を退散させる虫送りの行事と言えま
     す。

     今では、住宅が建ち並び水田はほんの僅かしか見られなくなりましたが、地域の皆さんの豊か
     で幸せな暮らしが、いつまでも続きますようにと、願いながら祭事を行っています。

     米という文字は八十八回も人の手が掛かっているからと言います。
     飽食の時代だからこそ、一粒のご飯粒さえも「もったいない」の気持ちを忘れてはいけないと
     思います。  日本でもほんの60~70年程前迄は飢えていたし、世界では今も1/3以上の
     人々が、飢えていると言われているのだから。

                
                  ※ 画像は昨年の大鍬祭から

                                      
 澁川神社 権禰宜

 


  
                                 
        禰宜語録-3
 
      第三回 夏越の大祓(形代流し神事)と
          茅の輪くぐりのお話
                     
平成29年06月06日掲載 


     伊勢地方を訪れると一年中、注連縄を飾り付けている家が幾つもあり、その注連縄には必ず
     蘇民将来子孫と言う紙が付いています。

     釈日本紀七に神代の昔、武塔
(ぶたふ)神(素戔鳴尊:すさのおうのみこと)が、南海の方へ
     お出掛けになる途中、土民の蘇民将来
(しょみんしょうらい)、巨旦将来(こたんしょうらい)
     云う兄弟に宿を求められた。
   
     弟の巨旦将来は裕福な身にも拘わらず、宿を拒んだのに対し、兄の蘇民将来は貧しいにも拘
     わらず、宿泊をした。その後、再び尊が蘇民将来の家を訪れ「若し天下に悪疫が流行した際
     には、ちがやを以って輪を作り、これを腰に着けていれば免れるであろう」と教えられた。
     後に悪病が流行すると、蘇民将来の家族だけが無事であったと云う。
     この古事に基づき、蘇民将来と書いて、これを門口に貼れば災厄は免れると云う信仰が生じ
     祓いの神事に「茅の輪」を作って、これをくぐり越えるようになったのが、「茅の輪」神事
     です。

     日々参拝に来られる八十歳を越した氏子さんのお話に依れば、幼少の頃にくぐった記憶があ
     るとか。その後、何時しか絶えてしまったとの事でした。
     悪疫から免れたいと誰もが願うことです。態々遠くの神社まで、出掛けなくとも是非、地元
     の氏神様で、叶えられないだろうかと、氏子の皆さんの願いもあり、弊社で、能々検討した
     結果、毎年6月30日の夏越の大祓(14時15分集合)に併せて、復活させたいと思います。
     長年続けられて来た行事、形代に罪・穢れを託して、川に流す神事は続けて参ります。
     多くの方々には、夏越の大祓をされて、上半期の穢れを祓い清め、更に12月迄の半年間を
     息災にお過ごし戴ければ幸いです。
                                           結び

    
 この夏越の祓いに関する古い歌が、後撰和歌集にあります。ご紹介しましょう。
      ◆「水無月の なごしの祓い する人は 千年の命 のぶというなり」 
        水無月:6月、 なごし:夏越、 千年:千歳(ちとせ) のぶと:延と・・

     
 
                                     澁川神社 権禰宜

 



  
                                 
            禰宜語録-2
 
             第二回  神秘な「黒石」のお話
                       平成29年4月27日 掲載 


       尾張旭市周辺には約400年前の名古屋城築城の時に運ばれた石に纏わる
       お話が幾つか伝承されています。
       例えば、つんぼ石、ふたご石(黒石)等、澁川神社境内に祀られた黒石も
       確かな記録は、大正10年に近くの天神川から運び上げられたことだけで
       すが、石垣造り用に運ばれた石の一つとして、伝承があります。

       澁川神社の南側の道は旧瀬戸街道で、往時は旅人や荷車が行き交い、境内
       に滾々と湧く清水が、人々や牛馬の渇きを潤したと言われています。

       さて、この黒石に思い巡らすと、天神川まで来て、人馬(牛)共に疲れ果
       て過って川に落としてしまったが、期限までに運べそうになく思い悩んだ
       末に目立たぬ川の中に落として行ったものでしょう。

       以来、石垣用とお求められながら、数百年も川の中に忘れ去られた石が、
       神社の玉垣修理の折に求められて境内に据え置かれ、今では人々から信仰
       の対象となっています。
 
       道に迷い、行き詰まり、長く不遇の時を過ごしている人も流されることな
       く耐えて努力を続けていれば、何時か必ず見出されるチャンスが来ること
       を教えてくれる石(黒石)と言えるでしょう。

       今の状況を嘆く前に一度この石に触れて、澁川神社の御祭神(高皇産霊神
       :タカミムスビノカミ)に誓願を立ててください。
       誓願とは、自分はこのような努力をしますので、神様のお力添えをお願い
       いたしますと、言うことです。

       神頼(かみだのみ)とは、単に願うだけでけでは無く、神様の前で如何に
       自分がどう努力するのか、誓いを立てることです。皆様には心豊かに穏や
       かな日々をお過ごし戴ければと思い拙いお話となりました。
       改めて、皆様の日々のご健勝と、幸せが訪れますこと、お祈りいたします。


         
 
              
参拝の折には、是非お立ち寄りください。
                                     澁川神社 権禰宜

 

 
                                         
            禰宜語録-1
 
           
第一回  連理木と縁結びのお話
              
平成29年 3月20日 掲載 
  
       御祭神である高皇産霊神(たかみむすびのかみ)は、天地の始まり時に二番
       目に現れた神様の内の一柱(神様)です。
       故に御神徳(ご利益)は全ての願い事が可能です。
       特に「ムスビ」から万物の生産、生命の誕生、縁結びには強力なパワ-を発
       揮して下さいます。

       この神様に境内に相応しい連理木が見つかりました。
       縁結び、安産、子育など、家庭の幸せに係る女神とされる山神(やまのかみ)
       の祠(ほこら)と相対する場所にあることも何とも不思議な縁を感じます。

       見上げれば、百年近いクスとカシの大木が枝と枝をしっかり合体させていま
       す。縁結び、夫婦和合、子宝などをお望みの方は拝殿で、高皇産霊神を参拝
       した後、是非、山神社と、連理木にも参拝してください。
       場所は澁川神社稲荷社赤鳥居前です。

       ただ今は、連理木の発見を喜び、社務所にて、御祈祷済みの 赤い紐 を差し
       上げています。この紐に御縁(五円)を託して、連理木に結びつけ、手で触
       れて不思議なパワ-を受け取ってください。
       皆様の願いが、きっと叶うことでしょう。参詣の折には是非、お立ち寄りく
       ださい。

                  
                   澁川神社 連理木
      
              
                                       澁川神社 権禰宜


                 

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